3
戦いは日が暮れる頃になっても決着がつきませんでした。
暗くなると、双方陣内に戻っていきます。相手の姿が見えないのでは、弓矢や体力の浪費にしかならないからです。
「作戦を変えるぞ」
ナセルはテントに戻る際、伝令にそう伝えます。
「少しは相手の戦い方が分かってきた」
彼らは参謀を呼び集め、作戦会議を開く事にしました。
一方、砦に集まったドラゴン達も会議を開きました。
砦の大広間は図体の大きいドラゴン達で埋め尽くされています。その中心にルルトやセバルーたちがいました。
「こちらの被害は8名」
点呼を終えたヴカームがルルトに伝えます。
「思ったより少ないな。おそらく相手の被害はその10倍はあるはず」
セバルーは中心に広げられた地図を指差して、今日の戦いで打撃を与えた箇所をなぞります。
「人間どもはさほど恐れるほどのものではなかった、という事かも知れませんな」
アローエンは上機嫌でした。
しかし、ルルトは喜ぶ気にはなれません。死体の数が多い少ないと言ったって、それが死んでしまったことには変わりがないのですから。アローエンの言葉にしても、離れたところから見ている者の身勝手なセリフにしか聞こえなかったのです。
それは彼だけでなく、前線で戦うセバルーやヴカーム達も同じでした。誰も文句を口にはしませんでしたが。
「このまま行けば、我々の勝利も見えてきましょうぞ」
アローエンはそんな空気に気付く様子もなくからからと笑います。
「明日は、今日のようにはいかないよ。きっと、違う作戦で向かってくる」
ルルトは呟くように言います。彼は、馬の上で悠々と彼を見る男の姿、その表情が頭から離れませんでした。あの人は自分が思っているよりもずっと戦いを知っていて、しかも頭がいい。彼はそう感じたのです。
「だろうな。今日は浮かれて、手の内を見せすぎたかもしれない」
セバルーも彼に同意します。
「我々の戦い方が学ばれてしまうと辛いな」
ヴカームは長い首を曲げ、手の平に頭を乗せてため息をつきました。
「とりあえず、今日はゆっくり食べて、英気を養いなされ」
アローエンは沈んだ空気を変えようと、そう提案します。
砦の食料はセバルーとアローエンが何ヶ月もかけて持ち込んだ羊の干し肉と、他のドラゴン達が持ち寄ったものが全てです。
大食漢の多いドラゴンのこと、それだけで3つの部屋が埋まってしまう程もありました。彼らの計算では、これで一月は持ちこたえられる筈でした。
水は濾過槽もあるし、砦が浮かんでいる湖が淡水だという事もあって、そう困る心配は無さそうです。
その日は食事を取って、皆思い思いの場所で眠りに付く事になりました。
皆が寝静まった深夜、ルルトは自分の寝室のテラスで夜風に当たっていました。
彼は生まれて初めての戦いで興奮していて、とても眠るところではなかったのです。
目をつぶると、彼の目の前で悲鳴を上げながら吹き飛ばされていった兵士達の姿が浮かんでくるのでした。ルルトは彼らの名前も知りませんでしたけれども、怒りでも憎しみでもなくただ純粋な戦いとして相手を殺さなければならなかった事がとても気持ちが悪かったのでした。力を振るったのは自分でありながら、そこには自分の意思さえも関与できないのだ、と言う事に。
「これが、戦い、なのかな…」
目の前に広がる状況に、彼の心はおののきます。まるでどこまでも広がっていく野火のように、皆の心に怒りが燃え広がっていて、一人で立ち向かっていく事なんて不可能なように思えました。
人もドラゴンも火を手に入れた時、心の中まで火に犯されてしまったのかもしれない。彼はそう感じます。現実の火が扱いを誤ると危険なように、心の火もまた危険なのです。
「でも、僕はできる限りの事をしよう…」
彼は自分に言い聞かせるように呟くのです。
そして、冷たい夜風は彼の頬をやさしく撫で回しました。
彼は敵の陣地を眺めます。向こうも既に明かりがなく、完全に寝静まっている様子でした。
こうして寝静まった湖を眺めていると、昼間の喧騒が嘘のようにすら思えました。そうであったらどんなにいいかと彼は今更ながら思うのでした。