動物園
〜佳子編〜
作:坂本竜馬
桜が一気に咲き誇りみんながウキウキしていた春、それも数ヶ月すぎたある日、
桜井佳子は今日も自分のアパートの周りをふらふらと、何の目的もなく彷徨っていた。
今年新しく入った職場の環境になかなかなじめず、結局数ヶ月で辞めてしまったのだ。
「あ〜あ、なんであんなところに行っちゃったんだろう・・・。」佳子はため息をついた。
それからというもの、佳子は別の新しい仕事を探すことさえもしないで、ただふらふらしているだけだった。
地方から上京してきてまだ間もないので都会の環境に慣れるにはまだ時間が必要だった。
「都会の人ってなんかいつも怖い顔してて、どうも付き合いにくいのよね。
やっぱり帰ろうかな・・・。」
そんな弱音をいつも吐いていたが、せっかく親が苦労して自分を送り出してくれたので、すぐに戻ってきたときの親の顔を想像して自分が情けなくなった。
そして親からの仕送りばかりに頼って生活していてはさすがにまずいと思い、ようやく仕事を探すことに決めた。
「たまには、どっか行ってみますか。」
そういうと、駅の方向に歩き出した。しばらく歩いていると駅に着いた。
とりあえず適当に切符を買ってホームに下りていった。
一度はホームでボーっと時間が過ぎるのを待とうかと思ったが、とりあえず電車に乗って座ってゆっくり揺られようと思った。
「みんな忙しいとか言ってるけど、そんなに時間が経つのが早いかなぁ?
私なんか一日が永遠みたいに長いような感じだけど。」
しばらく座っていると、昼の日差しの暖かい光も手伝って佳子はだんだんと眠りに落ちていった。
「う・・・ん、ん!?ここはどこ!?」
佳子はあくびをした後、自分がかなり深い眠りに落ちたことに気づいた。
自分の住んでいる町から日本でも有数の中心地を通り、反対の町まで寝過ごしてしまったのだ。
「やっば〜、こんなところまで来るとは・・・。」時間は午後3時を過ぎていた。
「まぁ、時間は全然気にしてないし。とりあえず降りてみますか。」そういって佳子は電車を降りた。
改札で乗り越し精算を済ませた後、その町の繁華街とは反対方向の出口のところに大きく
『江渡守動物園』と書いてある看板があった。
「へぇ〜、こんなところに動物園なんてあったんだ。」どうやら最近オープンしたばかりのようだった。
そこまでは駅から出ている動物園行きのバスがあり、10分くらいで到着した。
動物園は若いカップルや家族連れで賑わっていた。
「動物園に行くなんて、いったい何年ぶりなんだろう。小学校の遠足以来かも。」
そうつぶやき、園内へと足を踏み入れた。
色々動物を一匹一匹じっくりと見て、できるだけ時間をつぶすようにした。
「なんか動物を見てると気分が落ち着くわ。」
初めは時間をつぶす目的で見ていた動物たちが、だんだん愛くるしく見えた。
「カンガルーってこんなにかわいいんだ〜。あっ、子供が入ってる〜!」
佳子はだんだんと動物の魅力に魅せられていった。
「動物っていいわね〜、気ままで。あ、一応今の私もそうか。」そんなことも思っていた。
しかし、動物園の檻の中の動物を見ているうちに彼らがずっと同じ行動しかしないことに気づいた。
「でも、やっぱりこんなところにいてもつまんないわよね。」
一匹だけの寂しそうに同じところをグルグル廻っているトラを見ながらそうつぶやいた。
佳子がトラのいる檻に近づくと、トラは佳子に反応し、じっと佳子を見つめた。
佳子はトラの目が何かを訴えているようで気になってしょうがなかった。
するとトラは佳子に近づいていき、耳を伏せながら子猫のような鳴き声で鳴いたのだ。
佳子は最初は戸惑ったが、自分が好きなのだと気づくとなんかうれしかった。
「ようし、決めた!私、ここの動物園で仕事する!」
そして近くにいたスタッフに自分の意向を伝えると、そのスタッフは佳子を事務所に連れて行った。
佳子はスタッフから渡された簡単な履歴書に必要な書き込んだ。
そして最後にスタッフが「ここで何が起きてもこちら側は何も保障しませんが、それでもよろしいですか?」という質問をした。
佳子はすぐに「はい!」と元気に応答した。
こうして、はれて佳子はここの動物園のスタッフの一員となった。
次の日からもう仕事が入った。
朝早くから動物園に来て、まずはそれぞれの動物にあった食事を作った。
野菜や果物を乱切りにしてポリバケツにいれるという仕事である。
最初は簡単だと思っていたが、いざやってみると思ったより量が多く結構大変だった。
特にゾウのエサは一回に食べる量が多いのでとても大変だった。
そして、そのエサをそれぞれの動物の檻に配るのである。
他にも檻の掃除をしたり、サルに芸を仕込んだりもした。
それからというもの、佳子は充実した毎日を過ごした。
「お疲れ〜、じゃあまた明日。」
佳子が帰ろうとすると、2人のスタッフがなにやら深刻な顔つきをして話をしているのを見た。
「どうしたんですか?」佳子は何気なく尋ねた。
「実はここ最近、色々な動物がどんどん死んでいってるんだよねぇ。」酒井という少し年配の男が言った。
「原因はわからないが、研究所がなんとかしてくれるだろう。」秋川という結構若い男が続けて言った。
「え?研究所ってどういうことですか?」
「あれ?そうか、まだ入ってきたばっかりだから研究所のことを知らないのか。ほら、ここの動物園は江渡守研究所っていうのが統括してるんだよ。だからほとんど資金はそれが出してるし、結構給料もいいから俺はここに入ることに決めたんだ。」秋川が言った。
「噂だと、なんか色々ヤバイ研究もやってるらしいぜ。」
「馬鹿が。そんなことあるわけないだろうが。」酒井がなぜか強い口調で否定した。
他の二人はそれに驚いたが、秋川が話しを続けた。
「とにかく、動物がどんどん死んでいったらこっちも商売あがったりだからな。なんとしてでも動物を増やさなきゃな。」
「でも、どうやって増やすんですか。そんな簡単に動物は買えるわけではないし。」
「それも問題だねぇ。とりあえず上の人間の指示を待つしかないよ。」
「私が何か力になれれば・・・。」佳子がそうつぶやくと、なぜか酒井の顔がニヤニヤしていた。
佳子はそれを見てすこし不気味に思ったが無視して、二人に軽く会釈すると帰っていった。
しばらく佳子が園内を歩いていると普段着に着替えた秋川が走ってきた。
「あら、秋川さん。どうしたの。」
「桜井さん、話そうかどうか迷ってたけど、この場を借りて話すよ。実はあの噂は先輩から聞いたんだけど、その先輩が最近来なくなったんだよ。家に電話かけても不通だし、そんな勝手に辞めるような先輩じゃないのに・・・。園長は長期休暇を取ってるなんて言ってるけど、なんか裏があるっぽいんだよ。他のいなくなった同僚は辞めたとか言ってるし。自分の身の回りの人がどんどん消えていくなんておかしいと思わないか?次は自分が消されると思うと不安で不安で・・・。」
「ふうん・・・。」
佳子にはその話が信じられなかったが、秋川の話し方からすると本当のようだった。
「とりあえず覚えておくわ。それじゃあね。」そう言って佳子はバス停の方へ歩き出した。
「ああ・・・。」秋川は自分の話が理解されているかどうか心配だった。
秋川は駐車場に行き、車のドアを開けようとしたとき、
“バコッ!”「うっ!!」“ドサッ”鈍器で殴ったような音がした後、
「ターゲット1名捕獲しました。」工作員が言うと、
「よし、急いで運び出せ。」と無線連絡が入った。
翌日、朝早く来た佳子は黙々と馬屋の掃除を始めた。
しかし、ひとついつもとは違うことに気づいた。
「あれ?馬が一匹増えてる・・・?」
何もなかったところに逞しく美しい白馬がいた。
「それは、たった今オランダからつれて来たアンダルシアっていう種類の馬だ。名前は・・・レオンだ。」後ろからいきなり現れた酒井が言った。
「へぇ〜、よく連れてきましたね。これはオスですか?」
「あ?あぁ、これから重要な種馬だからね。この時期だし、これから頑張ってもらわなきゃねぇ。」酒井が白馬の首筋をなでながら言った。
佳子には酒井の言動が少しおかしいのように見えた。
すると、白馬がいきなり暴れ出して酒井の腕にかぶりついた。
「ヒヒーン!!」
「うわっ!何をする!」
酒井は驚き、白馬の脚の付け根を蹴り飛ばした。
白馬はすぐに酒井の腕にかぶりつくのをやめた。
「まったく、何なんだこいつは!」と罵声をあげた。
すると、白馬は佳子の方にすり寄ってきた。
「あんまりですよ、酒井さん。」
「何を言っている、先にやってきたのはこいつの方だ!このオランダの糞馬め!!」
そう言うと、酒井は馬屋から出て行った。
「もう大丈夫よ。」佳子はやさしく白馬を抱きしめた。白馬の目から涙が流れていた。
一日が終わり、佳子は着替えた後、秋川の言動も気になっていたので、事務室の帳簿を見てみた。
すると、2,3ヶ月前から今日まで帳簿にはほぼ二週間おきに動物の種類とその値段が書かれていた。
「不思議だわ。そんなにここって儲かってるのかしら・・・?」
確かにここの動物園には貴重な種類の動物もいる。
でもその動物がここに来たのもここ最近のことだ。
そして従業員名簿があったのでそれも見てみた。
「やっぱり変だわ・・・。」
スタッフが退職しているのは2.3ヶ月前からがほとんどだった。
その中には秋川の名前が昨日付けで書かれていた。
「うそでしょ・・・!秋川さんが!?どうして・・・。」佳子は困惑した。
佳子は帳簿と名簿を持って園長のところへ走って向かった。
階段を上って園長のいる部屋までの廊下を走っていると、前方に待ち構えているように立っている酒井がいた。
「あれ?酒井さん。なんでここに・・・?」
「それはこっちの質問じゃないかな?桜井くん。」
酒井は静かにそして、暗く怖い声で言った。
「どういうことですか?秋川さんが突然辞めるなんて。聞いていませんよ。」
「いやぁ、それをこれから君に言おうとしているところなんだよ。彼は辞めたんだよ。人でいることを。」
佳子には酒井が何を言っているのか理解できなかった。
「彼は我々に貢献したのだよ。色々な意味で。そして彼はここのスタッフとして今でも働いているよ。人としてではないがね。」
「まさか、あなたが彼を・・・?」
「まぁ、半分正解かな。正確に言うと私だけではないのだが。ついでに言っておくが、今朝仕入れたばかりのあの白馬は秋川だ。彼もちょっと私達のことを知りすぎたからね。しかし彼は種馬という重要なポストに着いたのだよ。今ごろあんなことやこんなことを楽しんでるだろうなぁ。ハッハッハ。」
「酷い、あなた達なんてことを・・・。」佳子には悲しみとともに怒りも込み上げてきた。
「あなた達は絶対に許さない!!」佳子がそう言うと、酒井を殴り飛ばした。
「うぅ、なかなか強いな。これは試しがいがあるな。おまえら、この女を捕らえろ!」5mほど飛ばされた酒井が少し笑った後に言った。
すると工作員達は、特殊部隊のように廊下の窓ガラスをぶち破りたちまち佳子を包囲した。
佳子はなす術もなく、突然後ろからクロロフォルムを嗅がされて、意識を失ってしまった。
佳子は冷たいコンクリートの床が顔に当たっているのに気づき、目を覚ました。
「ここは一体・・・?」
意識がまだ朦朧としているが、とにかく状況を把握しようとした。
「ここはもしかして、檻の中?」
薄暗い檻の向こう側に闇の中で光る目があった。
「私、あいつに食べられちゃうの・・・!?」
佳子は恐怖のどん底に突き落とされたと思った。
すると、光る目がある方から白衣に身をつつんだ男3人が檻の扉を開けて入ってきた。
「え、え、な、何するの!?」
『これから実験を開始します。被験者は静かにしていなさい』と酒井のアナウンスが流れた。
「あなた!私に何する気なの!?ちょ、やめてよ!離して!」
3人の科学者がのうち2人が佳子の体を抑え、1人が佳子の腕に注射をした。
注射が終わると、科学者たちはすぐに檻から出て行った。
「ちょっと、あなた達の目的は何なの!?」
『フフフ、我々は君の願いを叶えているだけだよ。何か力になりたいと言ってたじゃないか?』
「動物が死んでいくなんて放っておけないわ!私は動物を助けたいだけなのよ!」
『そうだ、だがこの方法なら動物園だけでなく我々も助けてくれるのだよ。合理的だと思わんかね?』
「私はただ動物だけを助けたいのよ。私にこんなことして、後で許さないわよ!」
『さぁて、そろそろかなぁ?何か体が熱くないかね?』
酒井のアナウンスを聞いた途端、佳子の全身が火照りだしたかと思うと、一気に体の中から燃えるような感覚が佳子を襲った。
「ううぅ、くうぅ・・・。」
あまりの熱さに頭がボーっとしてきて、そしてそのままその場に伏した。
“何なの、この熱は・・・。熱い、あつい・・・”
すると、佳子の肌から始めはうっすらと白い毛が生えたかと思うと、すぐに腹以外の部分に橙色に近い黄色の毛が生えてきた。さらに全身には黒い縞が浮き出てきた。
それと同時に骨格にも変化が出てきた。ミシミシと音を立てて佳子の容姿を変えていった。
骨盤や肩の骨が変形し、先程ひれ伏したまま立てなくなってしまった。
“ぐっ、がぁ、く、くる・・・し・・い・・・。”
足のつま先あたりが太くなっていき、手は指の長さがある長さまで短くなり、指が開かなくなっていった。足や手の平にはやわらかなピンク色の肉球が現れた。
太股が太くなり、すねの部分や腕全体はそれに連れて短くなっていき、脚と腕の長さがほぼ同じくらいになった。
体全体が徐々に太く筋肉質になっていき、脂肪が熱で燃焼されて無くなっていった。
体が大きくなるに連れて、佳子の服が悲鳴をあげだした。
佳子のブラウスは散り散りになり、スカートを突き破ってすらっとした美しい橙と黒のしっぽが伸びてきた。
ブラウスがなくなり胸が露わになったかと思うと、徐々に萎んでいき腹部には3対ほどの小さなできものが膨らんできて、それは乳首になった。
そして、顔全体が丸くなり、耳が頭の上の方に移動したかと思うとピンと立った。
口が少し前に突き出してきて、鼻がつぶれて小さくなった。犬歯が太くなり、さらに尖っていった。
“いやー!!一体どうなってるの!?”
そう悲鳴をあげたつもりだが、今は人とは言い難い姿の佳子の口から発せられた言葉はまさにトラのものだった。
「ガオ?ガオッ!?」
佳子は自分の口からでた獣の言葉が信じられなかった。
“いやーーーーーーっ!!”
「ガオーーーーーーッ!!」
そう叫ぶたびにトラの鳴き声が響き渡った。獣の悲鳴を聞いているだけで自分がおかしくなりそうだった。
・・・そして数時間にわたる変身が終了した。
檻の中にはぐったりとした雌のトラがいた。トラの佳子は変身過程における脂肪燃焼や骨格の変化などによって疲れていて、そして突然の信じられない出来事に涙ぐんでいた。
しばらくして酒井のアナウンスが聞こえてきた。
『いやぁ〜、いいものを見せてもらったよ。最高だったよ!まぁ、君は自分がどうなってもいいっていう覚悟は既にあったみたいだったから、こちらも実験がしやすかったよ。』
やたらと声のトーンが高かった。明らかに興奮していた。
しばらくして、佳子の変身をずっと闇の中で見ていた光る目の主が佳子の檻に入ってきた。
“あれ、リョウスケ・・・?”
そう、佳子がこの動物園に入るきっかけとなった雄のトラである。
“やっと君に会えたよ。こういう形で会えるなんてうれしいよ。これからはずっと、ずっと一緒だよ。”
リョウスケは佳子にすり寄ってこう言った。
“えっ・・・?”
佳子はトラのリョウスケと言っていることに戸惑いを感じたが、同時にうれしさも感じていた。
その時、酒井は実験の成功に酔いしれていた。
「フハハハハ!私の見込んだ通り、完全に獣になったぞ!おい、おまえら、ちゃんとデーターは取ってるだろうな?」
「はい、酒井主任。これで昇進間違いないですね!」
「フフフ、これなら上層部の人間も喜ぶに違いない。」
酒井は自分の将来を確信していた。
およそ3ヶ月後、佳子は5匹のトラの子供を出産した。
今では園内では彼女らに注目が集まっている。
「はーい、右側が最近5匹赤ちゃんを産んだヨシコちゃんでーす!」
スタッフがそう言うと、二匹を見た園児達は興奮してキャーキャー騒いでいた。
“ねぇ、あなた、今夜はどう?”
“ん?あぁ、今日こそは大丈夫だ。”
“よかった〜。私、こうして動物園に貢献できてうれしいわ。”
そんなことを思いながら、ヨシコは少し暑さが落ち着いてきた9月の空を仰ぎながらつぶやいた。