東街のねずみたち


     四、ルンサ


 何と、家の中にいたのはルンサだった。彼はテーブルのそばに陣取って、美味しそうに干しぶどうをかじっていた。
「何せ思いつきで帰ってきたんでね。満月祭が終わるまで、ここでお世話になろうと思ったんだ。君の後ろにいるのは、おばさんが話していたチートって奴の様だね」
 どす黒い干しぶどうを一粒片手に持ち、口の中にほおばりながら、彼は笑った。
 彼は家の中でも、めったにかぶっている帽子を脱がない。その帽子のつばの下から、鋭い目がこちらを見ている。
「は、はじめまして・・・・」
 チートはすっかり怖じ気づいている。
「・・・・・・」
ルンサは帽子を脱いだ。
「そんなにかしこまらなくったっていいよ。誰だって始めは新参者なんだからさ」
 そう言って彼は、また干しぶどうにかじりつき、笑った。
 帽子を脱いだ彼は、とても優しい眼差しをしている。
 何を考えているか分からないという所は、チートとよく似ている。
 でもチートの奴は本当に何も考えていないかもしれない。が、彼はその実すごい理論家だ。このねぐらの中で、長の老ハレキとまともに議論が交わせるのは、バゾクと彼だけだといっていい。彼はきっと今から長の所へ行って色々な事を話すに違いない。ノリスには頭がこんがらかりそうな会話を、である。
 彼にとっては、ノリスもパイルもただの腕白小僧でしかない様子。何をやっても笑って受け流す。
 だが、その彼も、バゾクとだけはうまく行かない。
 今はバゾクがいないからいいものの、彼まで帰ってくるとどうなってしまうのだろう?
「そうだよ。ルンサの言う通りさ。ルンサなんか、どんな家でも遠慮しないんだ。あの干しぶどうだって、きっと台所から取ってきたものだぜ」
「それは随分ひどい言い草だな。確かに僕は図々しい奴ではあるがね」
 と、彼はまた、干しぶどうを美味しそうにかじる。水気を含んだかじりあとがつやつやと、ランプに照らされて光った。
 ノリスも、おなかが減ってきた。

「まったく。急ににぎやかになって、サリィも遊び相手に困らなくて、とてもいい事だわ」
 今日はいつもより豪勢な食事の支度をするので、おばさんは張り切っている。もちろん、ルンサを歓迎しての事だ。
 おばさんはいいひとだ。誰が訪問してきても、いつも嬉しそうに歓迎してくれる。ノリスも、落ち込んだ時にはおばさんの笑顔で、何度も励まされた。
 そしてそれは、家族の他のみんなにも言える事だ。
 ノリスは、ここにいると、何もかもが許されたような幸せな気持ちになるのである。許されたというより、認められているといった方がいいかもしれない。
「おばさんは、強いひとだよ。・・・・僕よりもずっと」
 かつてルンサが言った、こんな事を思い出す。
「おばさんだって、時には泣きたくなるだろうし、時には呪いの言葉を呟いてみたくもなるだろうに。でも僕らの前じゃ絶対そうしない。なぜだと思う?それはつまり、おばさんが本当に優しいからなんだ。
 いたずらに悲しんだり怒ったりすれば、それを見ているみんなの心まで乱してしまう。だからひっそりと悲しむんだ。傷つけることなく怒るんだ。
おばさんを見ていると本当に思うよ。優しさが本当の強さなんだってね。・・・・僕にはとても・・・」

「ルンサは、何の為に旅をしているの?」
 チートが尋ねる。
 二匹は、家の前に腰を下ろして、夕御飯が出来るのを待っていた。台所からのいい匂いはここまでやって来て、彼らの鼻をくすぐっていた。
「好きだから、かな」
 ルンサは、天井を見上げ、思いを馳せるように呟く。
「・・・そう。僕はいろいろな所へ行って、今までに見た事のない景色の中で、出会った事もない出来事に出会って、その度に驚いたりするのが、とても楽しいんだよ」
「それだけ?」
 目をしばたたかせたチートを、彼は少し戸惑った様子で見つめた。
「そうだよ。他にどんな理由があるんだい?」
 チートは少し考えた。
「何かを見つけたいとか、誰かに会いたいとか・・・」
それを聞いたルンサは、小さな溜め息の後、ゆっくりと話し始めた。
自分に言い聞かせるように、一言一言丁寧に。
「誰かに会いたい・・・、か」
 ルンサは、少し笑った。
「誰かなぁ・・・。僕はいろんなやつと会ったけど。みんなそれなりに楽しかったし、いいやつだった。・・・・でも、しばらくするとどうしても、また新しい景色のある所へ行きたくなってしまうんだよ・・・・。僕の、性なのかもね・・・」
「それじゃ、この街に何度もやって来るのは?」
 チートのその質問に、ルンサは一瞬、言葉を詰まらせた。
「それは、この街にどうしても会いたいひとがいるからさ」
「誰なの?それは・・・」
「たくさんさ。ノリスとか、おばさんとか、長老とかね・・・。これからは、君もかな」
 家の中から、ノリスが手招きしている。
「僕の身の上話は、もうこれくらいにしておこう」
 ルンサは素早く立ち上がって、家の中へ入っていった。
「おいチート!お前の分まで食っちまうぜ」
 ノリスがチートに声をかけてきた。
 チートも、慌てて中へ飛び込んでいった。自分の分け前を減らされてはたまらない。特にノリスにはいつも取られているので、今日こそはと思っていたのだ。




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