東街のねずみたち

 
     七、バゾク


 カツン
 カツン・・・・
 イーストタウンの鼠達のねぐらに、聞き慣れないスティックの音が響く。
 端正な身なりをした雄の鼠が、山高帽子をかたわらに担ぎ、右手にステッキを持って、紳士ぶった仕草で歩いてくる。
 その後ろを、彼の倍もある頑強な体つきの、荒々しい毛並みをした、黒い熊鼠がついてくる。
 山高帽の名はバゾク。後ろの熊鼠は彼の護衛で、グリソムという。
「相変わらず、冴えない所だな」
バゾクは歩きながら、
ねぐらの鼠達を一瞥して、溜め息をついた。
「まったく、品性というものが感じられない。みすぼらしい身なりをして、ろくな知識も得られないまま、その場限りの生活に追い立てられているばかりで、見苦しい事この上ないな」
「へい、まったくそのとおりでさ」
 熊鼠のグリソムが、相づちを打った。
「それに、このねぐらの様子はどうだ。私が半年の間留守にしていただけなのに、あちこちがひび割れ、崩れてきている」
 バゾクは、また溜め息を漏らした。
「このままでは、ここもそう長くは持つまい」
「そうでさあね。あっしには心もち、狭苦しくなったように感じます」
 グリソムは、車が通ってわななく天井を見上げて言った。
「天井なんか、今にもおっこちてきそうでさ・・・」
「フフ・・、お前もうまい事を言うな」
 二匹は歩き続けた。
「とりあえず、ハレキに我々の帰還を知らせなくてはな。あの老いぼれがいまだにここを仕切っているというのも納得がいかんが、儀礼としてやっておかなければ」
「奴さえくたばってしまえば、ここはお頭のものなんですがねぇ。それにしても、何で奴はこんなに皆から慕われているのか、あっしには分かりませんよ。どう見ても、お頭が仕切った方がうまくいくと思うんですが・・・」
「聞く所によれば、奴は、よその街から来たという話だ。英雄ランド=スタークがいた時代の生き証人って訳だな。そしてランド=スタークも、よその街から来たと言われている。つまり、ランド=スタークにあやかって、みんなが奴を担ぎ上げたのだろう。少なくとも奴はランド=スタークの事を知っているからな」
「そんなに偉いんでしょうかねえ。そのランド=スタークって野郎は」
「彼がいた間は、この街の鼠達は地上で暮らしていたと言われているのだ。それも、あのフィッグを差し置いてだ。ただ者ではなかったのは、確かだな」
 二人の行く手に、小さな小屋が見えてきた。
 彼らの目指す、ハレキの住む小屋だ。

「これはこれは長老。随分と久しぶりにお会いしますな。お元気そうで何よりです」
 バゾクは山高帽を胸に当てて、深々とお辞儀をした。
 グリソムも、大きな体を折り曲げて会釈した。
「バゾクよ、よく無事で帰って来たな。それにしてもお主の事だ。わしの所へわざわざ挨拶に来るからには、何かあるのじゃろう?言ってみよ」
 ハレキの言葉に、バゾクは一瞬固まった。
 そして、にやりと微笑み返して、言った。
「実は、今回の視察旅行の成果を、街のものたちに発表する機会をいただきたいのです。その為には、曲がりなりにもここの長であられるあなたの許可がいただきたいと思った次第です」
 バゾクのこの言葉に気分を悪くしたのか、ハレキは半ばあきれ顔で言った。
「そんな事、わしにいちいち伺いをたてんでも良かろう。わしはここの長になった覚えもない、ただの老いぼれ鼠じゃよ。集会なり演説なり勝手にやればいいのではないかな」
「あなたが自分の事をそのように思われるのは構いませんが、あなたを慕っている街の者たちは、それでは納得してはくれません」
「とにかく、わしはお前に力を貸すつもりはないよ。何ごとも、自分の力で行なうのが大切じゃよ。おぬしの演説に鼠達が集まらなければ、それはおぬしの力が足りないだけの事じゃ」
「じいさん、黙って聞いてりゃさっきから・・・」
 ハレキの説教を聞くうちに、とうとう頭に来たグリソムは、ハレキにつかみかかろうとしたが、バゾクは右手を真横にかざして彼を静止する。
二匹は、しばしそのまま、にらみ合った。
「まあ、とりあえず、集会を開くという事は伝えました。あなたの言う通り、我々で勝手にやらせてもらいましょう。我々の力がいかばかりのものか、しっかり見ておいて下さい。我々だけで行なう限り、あなたに我々を邪魔する権利もない訳ですからね」
 バゾクの言い放った言葉は、次第に脅迫めいた調子になっていった。
「さあ、そうさせてもらうとしよう」
 ハレキは、相変わらずの、のらりくらりした感じで言い放った。
「それでは、これで失礼します」
 ハレキに一礼してから、バゾク達は、ハレキの小屋を後にした。

「それにしても、むかつくじいさんだぜ。煮ても焼いても食えそうにねえ」
「そう腐るな。この程度の事は、はじめから折り込み済だ」
 バゾクは帽子をかぶり、急ぎ足で歩いていく。
「とにかく、集会の用意だ。お前はねぐらの連中どもに知らせて回れ。もちろん、私の古い支持者達の力も借りてな」
「お安いご用です。お頭」
「私が半年の間、あまたの街を歩いて回って考えた、この遠大な計画には、必ずやみんな賛同してくれるだろう。そして私が新しいリーダーになって見せる。ランド=スタークの亡霊を蹴散らし、私が新しい時代を築きあげるのだよ」
 バゾクは、自分でしゃべっているうちに興奮してきて、左手に持ち替えたスティックをぐるぐると回した。
「おっと、自分を見失う所だった」
 バゾクは深呼吸をして、再びさっそうと歩き出した。
 スティックが地面をつく音が、再びねぐらの中を響きわたる。




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