東街のねずみたち


     十二、ねぐら


一行は側溝に下りて、側溝の割れ目のある所までやって来た。
そこには、フィッグのものらしき長い毛が何本も落ちていた。
「やっぱり、フィッグはここに来てる」
狭い入口に、相当無理して体をこじ入れたのだろう。入口のコンクリートには引きずった跡がある。
割れ目の奥の横穴は、まっすぐねぐらへと伸びている。この先にフィッグがいると思うと、少し足がすくんだ。
「行こう」
ノリスがそう言うと、他のみんなもうなずいた。
横穴を抜けると、そこはおなじみのねぐらだ。しかし、今は誰もいない。満月祭でみんな外に出払っていた。
ねぐらの中は、満月の灯りがひび割れた地上から所々差し込んでいて、一行はそれを頼りに奥へ奥へと歩いていった。
やがて、一行の耳にも、何かが激しくぶつかる物音が聞こえてきた。それと同時に、天井から土くれが落ちて来る。
「昔を思い出すぞ。フィッグよ。わしとおぬしが追いかけあっていたころをな」
「ハ!ハ!貴様の強がりも相変わらずだな。
しかし、その老いさらばえた足元で、いつまで俺の攻撃をかわせるかな?」
衝突音の間から、二匹の会話が聞こえてきた。
そのやり取りを聞いて、一行は顔を見合わせた。
「やっぱり、この先にいるのはランド=スタークだ」
ノリスは興奮してつぶやいた。
「一回、顔を確かめに行かなくちゃ」
一行は、さらに奥へと歩いていった。

疲れを知ることがないかのように、フィッグの突進はいつまでも続いた。
その度に、ねぐらの天井は揺れ動き、落ちてくる土煙の量は次第に増えていった。
ねずみ達の住居はフィッグの突進によってことごとく粉々にされ、無残な姿をさらしていた。
逃げるねずみの動きはだんだん鈍くなっていき、フィッグの攻撃をかわす動作もおぼつかなくなっていく。
「ほらほら、どうした。もう疲れたのか?」
「何を・・・、まだまだ」
「年月とは非情なものだ。かつては俺をあれだけてこずらせた貴様が、今となってはこのありさま。もう少し楽しませてもらいたいものよ」
そう言ってフィッグは突進し、またねずみ達の住居を粉々にする。

「ランド=スターク!」
ノリス達は、壁に寄りかかっているねずみの所へ駆け寄った。
「何じゃ、お前たちか・・・・」
聞き覚えのある声が、そのねずみから発せられた。
ノリスはきょとんとしてそのねずみの姿を眺めた。
天井の割れ目からはいってくる街灯の灯りに照らし出されたのは、マフラーを首に巻いた長老ハレキの姿だった。
「長老!どうしたんですか、そんな格好をして」
ルンサが叫んだ。
「まあ、いろいろとあってな、わしはフィッグと最後の戦いに臨んだという訳じゃ────」
 すぐにフィッグが一団の中に割って入り、長老とノリスをはじき飛ばした。
「ふん、小さいのが増えて、ごちゃごちゃとうるさい!」
二匹は一塊になって転がっていき、向い側の壁に当たって止まった。
「いたたた・・・、長老は大丈夫?」
「何とかな・・・。それより、お主達に頼みたい事がある。本当ならわし独りでやるつもりだったが、あやつの力を見くびっておったわ」
そう言って長老は一段高い岩場に一足飛びに登り、ノリスを招いた。
ルンサとパイルとチートは、ばらばらに別れてフィッグの回りを逃げ回り、彼の注意を散らす作戦に出ていた。暗いねぐらの中では、誰が誰だか分からないので、誰を攻撃していいのか、フィッグは迷っていた。
「・・・・という訳じゃ。頼んだぞ」
長老からある作戦を耳打ちされたノリスは、驚いて長老を見つめた。
長老は黙ったまま頷いた。
「わしの事はいい。それより、これがフィッグをしとめる最後のチャンスなのだ。多少の犠牲は覚悟しておる。さあ行くがいい」
長老はノリスの背中を軽く叩いた。
ノリスは走り出し、ルンサ、パイル、チートに声をかけた。
三匹はすぐに答えた。
自分が追いかけていたねずみがランド=スタークではない事を知ったフィッグは、耳を立てて周囲を見回す。
「どうしたフィッグよ!わしはここにいるぞ!」
岩場の上で長老は立ち上がり、大声を張り上げてフィッグの注意を引き寄せた。
案の定、フィッグは長老以外のねずみには興味はなく、声のした方へすぐに走り出す。
『後は頼んだぞ・・・。』
フィッグの突進に、長老は再び身構えた。

再び集まった一行は、ねぐらの入口までやって来た。
そこには、ねぐら全体を支えている、大きな石の柱がそびえていた。
「これが、長老の言ってた、ねぐらの大黒柱だ」
ノリスがそれを軽く押してみると、少し動いた。さらに両手で力一杯押すと、ぐらりと傾く。
「よし、これならいけそうだ」
ルンサはその様子を眺めてうなずく。
「本当にやるのか?失敗したら取り返しがつかないぜ」
パイルは大岩を見上げて、つぶやいた。
「なに弱気な事言ってるんだよ。お前らしくもない」
ノリスは、ぐずるパイルを叱咤する。
「さすがにこいつばかりは、俺でも二の足を踏みたくなるってものさ」
「でも、長老の言う通り、これが最後のチャンスかもしれないよ」
チートは岩に手をかけながら言う。
彼らの背後では、長老とフィッグが、さながら闘牛のような追いかけっこを繰り広げている。疲れ果てた長老がフィッグに捕まるのも時間の問題だ。彼らには考えている時間はなかった。
四匹は大岩にへばりつき、かけ声と同時に、全身の力を込めた。

長老の背中に、フィッグの大きな前足が当たった。
体毛が飛び散り、体は宙を舞い、壁に当たって地面に落ちた。
フィッグは興奮して薄笑いを浮かべながら、倒れている長老のそばに悠然と歩み寄ってきた。
「老いたな。ランド=スタークよ」
倒れている長老を覗き込むように首を伸ばし、フィッグは言う。
「貴様によってつけられた左目と左耳の傷、俺は片時も貴様の事を忘れる事はなかったぞ。しかし今の貴様のざまは何だ。俺をもっと楽しませろ。貴様は老いても、俺はまだ若い。この程度で倒れてもらっては、力のやりどころがなくなってしまうではないか」
なま温かい息を吐きながら、フィッグは乾いた声で笑った。
土ぼこりにまみれた体を起こし、長老はゆっくりと立ち上がる。
「年月には誰も逆らえぬ・・・。わしも、お前もな・・・・。どんなものでも、いつか崩れ去る日が来る。だからこそ希望も絶望も、共にあり続けるのだ。分からぬか・・・」
「ふ、あのちびどもに入れ知恵したようだが、貴様らに何が出来る。おとなしく街の底で、隠れるように生きていれば良かったのだ」
「お前こそ、こうも我らを追いつめたりしなければ、もっと穏やかに生きられたものを・・・。窮鼠猫を噛むというではないか・・・・」
「黙れ!!その減らず口を永遠に閉ざしてやる!」
フィッグが長老に飛びかかった、その時。
ねぐらが一挙に崩れはじめた。

ノリス達が大岩を倒した衝撃で、互いを支えあっていた大きな岩、小さな岩が連鎖的に崩れはじめ、ねぐらの空間には大量の土砂と、土ぼこりが充満した。
ノリス達は上から落ちてくる細かい土砂を振り払いながら、出口に向かって走っていった。
「長老ーーー!」
ルンサは時々立ち止まり、ねぐらの中へ向けて叫んだ。しかしそれも、土砂の崩れ落ちる音にかき消されていくようだった。
「ルンサ、早くいかなきゃ!」
チートはルンサの手を引っ張った。
「でも、まだ長老が・・・」
ルンサも、仕方なく走りだした。
それから一行は、無我夢中で走った。
出口をくぐり、側溝に出るまで走り続けた。
側溝まで逃げる事に成功した一行は、そこでじっと待ち続けた。崩落が終わり、道路を通じて伝わってくる振動がおさまるのを。
それは、一行にとって長く感じられた。結局、長老はねぐらから出て来なかった。
「長老は、自分と引き替えに、フィッグをやっつけたんだよ」
ノリスは、長老の最後の言葉をみんなに聞かせた。
「こうなる事は分かっていたんだ。長老は・・・・」
「まだ落ち込むのは早い。このことをみんなに知らせに行かなきゃ」
パイルはノリスの肩をたたいた。
「僕は、ここに残る」
ルンサの願いを、ノリス達は聞き入れた。
それから、ルンサと別れた一行は、再び広場の方へ向かった。
深夜三時の鐘が、ゆっくりと時を知らせた。



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