東街のねずみたち
十三、ランド=スターク
大音響と共にねずみ達のねぐらは崩れ、フィッグとハレキは瓦礫の中でひとかたまりになってうずくまっていた。
地上へと続く側溝への道は、ノリス達が崩したコンクリートの瓦礫によって厚く閉ざされていた。
「フィッグよ。我々はなぜこのように憎しみ合うようになったのだろう?この街にお前が生まれ、私がこの街へやって来たのは、ただの偶然だったのだろうか・・・」
ハレキはゆっくりと起き上がり、傷ついてうずくまったままのフィッグに向けて問いかけた。
フィッグの背中には、巨大な岩が突き刺さり、彼の背骨は今にも折れそうなくらい曲がっていた。
「・・・知らん。そんな事は・・・。運命の秘密は我々の手の届かない所にあるのだ。そんな事を考えてなんになる。・・・・川底の魚には、雨も雷も見えないもの。それによって出来た濁流に彼らが流し去られる時も、彼らは嵐の事に思い至ることはないだろう・・・・・。俺に出来るのは、ただ自分の運命に忠実に生き、自分に忠実に振舞うだけだ」
そう言ってフィッグは再び立ち上がろうとした。
ミシリ、と彼の背骨は悲鳴を上げ、血が噴水のように吹き出してくる。それは彼の腹を流れ落ち、ハレキの足を生暖かく濡らした。
「だが、我々は共に生きようと願っているのではないのか?無意味な争いをなくし、幸福を求めるのは全ての生き物の願いではないのか?なのに、どうしていつまでもこのような争いがなくならないのだろう」
フィッグの右目が大きく見開かれて、ハレキをにらみつけた。
彼がハレキに噛み付こうとして身を乗り出したとたん、彼の巨体は倒れ込み、背中の岩は彼の上に覆いかぶさってきた。
うつぶせに地面に押しつけられながら、彼は小刻みに息をした。
彼は、声もなく笑った。
「フ、フ、フ・・・、幸福?平和?それが一体なんになる。戦う事を忘れた生き物に待っているのは、果てしない退屈と、死霊のような永遠の停滞だけだ。我々は、戦う事で力をつけてきたのだ。・・・・・・いつの日か、その力でもってこの世界の全てを打ち負かせる時が来るだろう・・・・」
ハレキはとっさに、フィッグの上に覆いかぶさっている岩を払いのけようと、体を岩に押しつけ、力を込めた。小さな彼の力ではどうにもならないと分かっていても。
「果たして、戦う事だけが、我らの歩む道なのだろうか?愛し、赦し、認めあう事は・・・」
「・・・・・戦う事しか出来ない俺のような者には、そんなものは無意味だ・・・・。それに、お前たちねずみどもにはよく分かるだろう。産み栄える事こそ、あらゆる暴力の源だという事を・・・・」
フィッグ声が震え、彼は深い溜め息をついた。
「どのみち、俺達は結局よく似ている・・・・」
「そうだ。この似たもの同士で、うまく行かない事があろうか・・・」
ハレキは、だんだん熱を奪われ、冷えていくフィッグの前足にしがみつき、膝をついた。
「我々は、こうなる他になかったのだろうか・・・・。もっと違う生き方は出来なかったのだろうか・・・・」
フィッグは目を閉じたまま、何も言わなかった。
再び、轟音と共に、ねぐらの天井が崩れ落ちはじめた。
一日の仕事を始めたトラックの群れが、ねぐらの上を通りはじめたようだ。
ハレキの全身はフィッグの血がこびりつき、その一部はすでに固くなっていた。彼は血で汚れた両手を見て、思わずつぶやいていた。
「もう、たくさんじゃ。こんな事は・・・」
フィッグはありったけの力で首を持ち上げて、ねぐらの天井を見上げた。所々に明るい筋が出来、舞い降りてくる砂煙がはっきり見えた。
「早く行け!」
フィッグはハレキに向けて叫んだ。
「わしには、お前を置いてはいけぬ。ここはもう崩れる。お前は生き埋めになってしまうのだぞ」
「そんなに俺の牙が恋しいか?今の俺でも、お前を噛み殺すだけの力はあるのだ。ここを去らねば、どのみちお前を生かしはしないさ」
「それでも構わんよ。わしはもう充分生きた。やり残したものといえば、お前の最後を見届けるくらいの事・・・」
「ふん。だったらこの姿だけで充分だろう・・・・。これが、力に生きた者の行き着く姿だ。俺に勝利した者がこんな所で終わるな。お前はもっと生き、もっと苦しみ、この街の行く末を見届けてもらわなければ・・・」
天井の崩落は徐々に激しくなり、フィッグの体は少しずつ埋もれていった。ハレキはなす術もなくそこに立ちつすだけだった。
彼がフィッグの鼻を埋もれた土砂から掘り起こそうとした時、フィッグは突然頭を持ち上げて、ハレキに食いつこうとしてきた。
彼の牙は空を切り、再び頭を地面に落とした。今や、彼の首から下は全て地中に埋もれていた。
彼の右目はらんらんと輝き、なおも獲物を求める眼光を放っている。
「生きろ!」
またもや、彼はハレキに飛びかかった。
フィッグはハレキの胴に食らいつき、首を大きく左右に振って彼を投げ飛ばした。ハレキの体は大きく宙を舞い、くるくると回りながら、瓦礫でふさがれたねぐらの出口まで転がっていった。
ハレキには、フィッグのいる場所へ差し込んでくる光が、次第に増えていくのが見えた。その中でこちらを見ている頭だけのフィッグは、笑っているように見えた。初めて見る、彼の笑顔だった。
次の瞬間、一メートル以上はあるタイヤホイールが天井を突き破り、彼の居場所を押し潰した。
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